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しばらく非鉄

今週もやっと木曜。
予算のまとめも近づいて少し焦っています。明日には提出案を作って経営幹部に説明しなきゃ。
今日は三島にいます。朝から棚卸し&個別案件で伊豆半島某所で仕事をしていました。
 
 
今週はずーっとこんな感じです。
ちょっとだけうれしかったのはこんなのを食べたこと。

上海蟹です。
濃厚な味ですね。初めて食べました。紹興酒が進みました。
 
で、今日は一転して居酒屋で飲み会。
こんなの飲んでました。

ビンのハイリキ初めて見ました。
伊豆半島はハイリキの出生地。今では事業譲渡されて別の場所で生産していますが、20年前までは伊豆半島で生産していました。久しぶりのハイリキ、おいしかったです。
 
さ、洗濯して寝よっ!
 
 
 
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さようなら 紀勢貨物 其の三

きちんとデータを保存していないことを反省…。それでも何枚か見つかりました。
単赴時代の「暇」を実感…。今、自宅横の常磐線を珍しい貨物が毎日走ったとして撮るか・・・あっ、撮るか。あは。「ゆうづる」なら絶対撮るなぁ。
 

1853レの帰り便。多気駅でバルブしてみました。夜22時なのですが、人の気配がないホームでポツンと待つのは心細いものです。(2005-5-29 多気駅)
 

多気駅少し北にある鉄橋(たぶん有名な撮影地ですよね)。この日は原色の凸凸でした!以前は後ろのコンクリート橋はなかったはず。企業誘致のための道路だったかな・・・。(2006-5-14 徳和~多気)
 

一身田駅は浄土真宗高田派総本山の最寄駅。普段はキハ11や40系列の短編成しか停まりませんが、たぶん昔は賑わったのでしょう。なかなか立派なホームです。この上下線路間隔も昔、中線があったような・・・。
(2005-6-26 一身田駅)
 

イセカシはあの有名なカーブも良いのですが、そこに到達する直前のこのシーンも好きです。待ちわびた1853レが「キタ!キタ!」という高揚感!忘れられません。(2007-8-4 伊勢柏崎~阿曽)
 

地味ながら好きな場所でした。大内山カーブ同様、ここもイセカシとの撮影地競合場所です。
(2006-5-14 大内山~梅ヶ谷)
 
てなことで「其の三」は終了です。今週は水木宿泊出張なのですが、なんと宿が温泉宿!
ちょっと嬉しい出張なのでしたぁ。

冬の京都

京都・・・高校の修学旅行以来行ったことはあまりなかった場所です。
・入社6年目の秋に友人の結婚式で・・・
・去年は社内の用事で2度…
寺院古刹を巡ることはありませんでした。
 
 
前から妻が行ってみたいと言っていたのですが、なかなか自分の予定がたたず真冬のこの時期になってしまいました。でも、これがかえって良かったかもしれません。どこも観光客がそこそこで、落ち着いて周ることができました。
 

慈照寺(銀閣寺)は日曜の朝訪問。とにかく土日両日ともに寒く、特に土曜は雪がかなり舞いました。
その雪がまだ残っていて、かえってそれが冬の京都を演出していたように感じました。
 
この後、お茶屋で休憩。南禅寺まで哲学の道を歩くための軽い腹ごしらえ・・・。

寒かったのでずっと外にいられなかったというのが本音です。
 
初日に行った中で印象に残ったのは雪の舞う竜安寺。有名な方丈庭園もゆっくり観ることができました。
分厚い靴下を履いていったのが大正解!これからの参考にもなります。

帰ってきたらJR東海のCMで妙心寺退蔵院の桜の花が映っていました。ここも自分たち以外誰もいないなかで周らせてもらいました。もちろん真冬の夕方だったからでしょうけど。
 
若いころには感じられなかった何かがやはりあると思います。季節を変えてまた行こうと妻と相談中。
あらら、共通の楽しみができてしまいました。
 
 
 

さようなら 紀勢貨物 其の二

紀勢貨物は一度だけでは紹介しきれず・・・。早速HDDの中を探してみました。
 

今は2089レを名乗る紀勢貨物ですが、この頃は1853レだったと思います。紀伊長島駅で長時間停車したあと、再び新宮を目指して列車は南下します。(2005-4-24 紀伊長島~三野瀬)
 

列車は亀山を出て下庄を抜けると徐々に津の町に降りてきます。ここは紀勢線と中勢バイパスが交差する場所。ここで撮影するのが一番お手軽でした。すべて準備を整えて列車を待っていると、遠くから貨物列車独特の音が近づいてきます。なんとも心地よい時間でした。(2007-6-5 下庄~一身田)
 

栃原の鉄橋に良く行きました。ここは日陰なので真夏でも暑い思いをせずに列車を待つことができます。
(2007-7-5 栃原)
 

六軒駅に進入する1853レ。まだ中勢バイパスは工事中ですね。当時、「青凸+伊勢エビ凸」は「残念組み合わせ」でした。贅沢な…。(2005-8-27 六軒駅)
 

一身田駅を通過すると左に緩やかにカーブしながら津駅に向かって進みます。ここはもうすぐ伊勢鉄道と合流する場所。梅雨の合間の晴れの日は貴重な撮影日でした。(2007-6-11 一身田~津)
 
ダイヤ改正までまだ少し時間がありますね。津周辺での撮影にはまだまだ厳しそうですけど、南側の名撮影地にはたくさんの方が集まっているのでしょう。最後まで平穏に走ってくれたらなと思います。
 
体調、ほぼ回復しました!床屋に行ってさっぱりもしました。たくさん寝たし、また頑張るぜぃ!

地元の雄も交代間近

いよいよ交代なのですね。
そんなに古さを感じなかったのですが、新しい車両との共通運転になると、やはりその差は歴然。
調べてみると結構長い間、常磐線の特急電車として活躍していました。
他の交通機関もそれほどありませんから、本当に地元の足として活躍したと思います。
 
あの大震災も乗り越えて・・・。
 
 

11両編成は450mmで撮影してもなかなかの迫力!このストレートからカーブにかかるところが好きなのですが、450mmだと長すぎてストレートエンドでの撮影になってしまいます。
 
 

定番の南柏駅での撮影。常磐線が千葉県に入ると駅毎にある「しちりん」ともお別れですね。
 
明日から少し体慣らししなきゃ。まずは床屋に行こうかな・・・。

茶色のデッキ付き

自分もEF66と同じく旧型の部類というという記事を書いたところ、茶色のデッキ付きこそ旧型!というコメントをいただきました(笑)。そういえばその通りでした。自分が撮影した「茶色でデッキ付き」の機関車は・・・
ED16、EF10、EF12、EF13、EF15、EF16、EF18、EF59ですね。EF57に間に合っていないのが残念…。EF55はちょっと違うかな。
 
この中ではEF15&16はかなり熱心に追いかけました。
兄弟機であるEF58と比較して、貨物仕業中心の地味な存在でしたが、それがかえって身近な印象でした。
撮影開始が遅かった割には総数202機製造中110機を撮影。遠方の竜華機関区と運用が少ない東京機関区の撮影に手を焼きました。
 

(1981-10登戸)199号機 立川機関区所属
今ではもうこんな風景ではなくなっているのでしょうね。南武線沿線は果物の栽培が盛んです。
 

(1980-5北朝霞)200号機 高崎第二機関区所属
この頃はまだ武蔵野線は貨物路線でした。電車は101系1000番台が爆走していました。
 

(1982-5南浦和)201号機 東京機関区所属
 
デッキが白く塗装されているのが東京機関区所属の証。確か午後遅い時間にこの場所を通過するはずの貨物でした。ちなみにこの場所、今は外環道の真下になっています。線路わきの柵も今とはまったく違って「無防備」状態です。
 
ということで199-200-201と後期型3機でした。ちなみに私はEF15のデッキに人が立っているのを見たことがありません。

富士山の日

まだ微熱もありますが症状の悪化はなく、家の中をマスクをして湯たんぽを持ちウロウロしています。
この湯たんぽ、鈴鹿時代に購入したものですが、久しぶりに使って思い出しました。冷めた湯が全部出きらない構造なのです。お湯を入れたり排水する穴が胴体の途中にあるためそのような事態になります。老舗の鰻屋のタレじゃないんだから、いつまでも前の分が残るというのは飲むわけではないけれど気持ち悪いです。
 
でも、湯たんぽって最強。寝るときは布団の中、部屋の中でも足元や膝の上に置けばとても暖かい。大好きです。
 
 
今日は語呂もあって「富士山の日」だそうです。ちなみに昨日は「ネコの日」、一昨日は伊藤つかさの誕生日。
今週水曜、三島駅で麓に雪が降った直後の富士山を眺めました。残念ながら富士山を象徴する上の部分は雲で全く見えず…。午後美しい富士山を見るのは結構難しそうです。
 

神戸・大阪出張のとき(昨年12月18日)の機内から。富士上空あたりかなぁ。雲の合間に短時間だけ顔を出してくれたので、慌ててカメラを構えました。宝永山の噴火後が特徴です。良く見ると須走口からの登山道も見えますね。最近、箱根あたりで群発地震が発生しているとか。まさか富士山が・・・なんてことはないですよね。きっと。
 
最後にこれは薩摩富士。(2003年3月)

富士山の日の「富士山」は、日本一高いあの富士山だけが対象なんでしょうかね??

老体

今やEF66も旧型の部類。
 
「東京オリンピックの時に生まれました!」
「わぁ、若い~!」
 
そう言われた自分ももはや旧型の部類。
もう少し老体にムチ打って頑張りますけどね。
 
さて、またゆーっくり寝るかな。

さようなら 紀勢貨物 其の一

 
鈴鹿からこんな便りが届きました。
 

 
少し大げさかもしれませんが、鈴鹿の6年間を支えてくれた一つでした。途中、津以北に好撮影地のたくさんある紀勢線から伊勢鉄道経由になったものの、早朝に寮周辺を下っていく紀勢貨物を撮影するのが日の長い頃の日課になりました。
 
寮周辺or六軒あたりで撮影→伊勢道で多気で降りて栃原あたりで撮影→三瀬谷で停車中に追い抜いて伊勢柏崎周辺で撮影 というパターン。急いで寮に戻ると9時頃にちゃんと出社できるのが有難いことでした。
新聞の写真で判るように今は凸の単機牽引ですが、2008年3月頃までは凸の重連が牽引していました。今日はまずその頃の写真を少し並べてみたいと思います。
 

田植え前の季節がこの列車の一番の舞台だったように思います。これが自分にとって紀勢貨物の初撮影。六軒近くでの撮影だったと思います。(2005-4-24)
 

そのままこの日は超有名撮影地のイセカシまで追いかけています。きれいな水鏡が印象に残りました。4月24日の撮影なのですが、通過時に光が射さないのが唯一残念かな。(2005-4-24)
 

六軒南側のカーブ。この日は原色の重連でした。原色重連の日は平日でもたくさんの方が集まるので、情報がなくてもすぐに判りました。(2005-5-10)
 

紀勢線の亀山~津は少し山深いところを走ります。そのためか好撮影地がたくさんありました。
青色のDD51は当時はあまり好みではありませんでしたが、今となってはこれも貴重な記録です。(2005-6-12)
 

いつも悩むのがイセカシか大内山か・・・。この日は大内山を選んでいます。なんと贅沢な悩み…。(2005-7-16)
 
この貨物は新宮近くの鵜殿まで延々と走るのですが、途中かなり険しいところもありトラックでの代替は難しいだろうなと思っていました。一方で輸送コストの削減は企業にとって必須でしょうから、どこかで何かのアクションがあるだろうとも思っていました。DD51の牽引の貨物列車として貴重な存在でしたが、これが無くなるのも時代の流れなのでしょう。地元でずっと追いかけていたベテランのファンの方もたくさんいらっしゃるのですが、きっと残念に思っているだろうなぁ~と。
 
新聞記事になるなんて、それだけでもスゴイ!と思います。
 
また機会があったら、その他の写真を探してみます。

ダウン・・・

昨晩から体の節々に独特の違和感。鼻水が出て喉の痛みがひどくなり・・・。
今日は出張を取りやめ休むことにしました。
 
10時過ぎに起きたのですが、こんな時間まで熟睡したのは久しぶり。
単純に「疲れていた」感じがします。
インフルエンザのような高熱にもならず、食欲もあり、まだ軽い症状。
早めに十分な休息をとって回復させなきゃ。
 
先週の京都。
春告鳥といえばウグイスですね。でも自分にとって春を思わせる鳥はこいつなんです。

まだ雪さえも降る寒い京都の空を飛び交っていました。本当に梅の花が咲く中で飛ぶ姿が似合うように思います。寒さのせいか丸いですね。それはそれで可愛らしいですけど。
 
 
さて、また寝ます。
 
プロフィール

pikabui6473

Author:pikabui6473
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