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心の声

今日は別に書きたいことがあるけれど少し時間を置いてから・・・。

息子の大学進学が決まりました。
これで少し落ち着いた感があります。
そこで前から考えていたこと、「家族旅行」を今日提案してみました。

コ「あのさ、旅行いこっ!」
妻「えー、いいねぇ~」(←機嫌が良い♪)
コ「初日は飛騨高山と白川郷、翌日は氷見の寒ブリと蕎麦ってどう?」
妻「いいよー」
コ「じゃあ、ホタと岐阜羽島まで来てもらって、そこからRAV4で行こう!」
妻「おっけー、ホタにも言っておくね」

一般的にはこう聞こえます。

さて、それでは心の声を・・・

コ「あのさ、少し鉄道も入るけど旅行いこっ!」
妻「えー、鉄道と飛行機は嫌だけでど、そうでなければ良いよ」(←機嫌が良い為直ぐに否定はしない)
コ「じゃあ、初日は高山線にちょっと寄ってから飛騨高山散策と白川郷。宿泊は富山。で、私は夜は
  富山駅でバルブ。で翌日は早朝北陸線で419系撮って11時にすし玉で氷見の寒ブリ。それから
  北陸道で糸魚川に行って偶然キハ52を撮影して、途中で蕎麦を食べる・・・というのはどう?」
妻「いいわけないよー」
コ「だよねー」
妻「・・・」

でも行くことになりました。お互い薄々何かを察しながら、でも大人ですから。

【参考画像1】偶然撮影予定のキハ52。



【参考画像2】偶然撮れたら嬉しいであろう419系。


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顔色が悪い・・・

せっかくローピン原色の81に会えたのに・・・。

顔色が悪い・・・、どこかの大臣のように・・・。

でも仕事はしっかりしていました。



ボンネット「雷鳥」

ちょっと前の「雷鳥」パタパタかな・・・。

大阪を訪問する機会が年に数回あった頃、山崎へ寄り道するのが楽しみでした。
この頃は「ボンネット」にあまり特別感がなく、普通に撮影していました。
今考えるともったいない・・・そんな前の話でもないのに。

ちゃんとデジタル化して保存しないとね。




「コナンさんに電話するとなんでいつも「踏み切り」の音がしているのでしょう?」
と真顔で聞かれたのもこの頃でした。

その一

で、さっそく「その一」を。

実はこのカメラを購入するにあたって大きな「課題」がありました。
それは・・・「いかに家族(妻)にバレないか」、いや「どう説明するか・・・」。

自宅に帰る際カバンに忍ばせますが形状が形状なので入りきらない場合があります。
そんな時は普通にカバンから出す必要があります。

「あれ?そんなカメラ持っていた?」

この質問に平然に答える度胸とシナリオが必要です。
これは初めて自宅に持ち帰った時の話。

12月としては珍しく都心に積もるほどの雪が降りました。
新幹線で東京駅に降りた時、「あっ、あそこに寄っていこう。」と思い向った先は御徒町駅。
ここで山手線からの引退が近づいている205系を撮影しようと思ったのです。
こんな雪の日だから誰も居ないだろう・・・と思ったら既に数人の方がスタンバイされていました。

ところがなかなか205系が現れません。
「さ、寒い・・・」
お土産に買ってきた「赤福」(←不祥事前ですね)が固くならないかと心配。
やっと撮影できた写真がこれです。




ピントが合ってないんですねぇ~。
今もこの写真を見るとがっかりします・・・。

で、この後、常磐線車内に「赤福」を置き忘れ我孫子まで取りに向い、戻ろうとしたら
ポイント故障で電車が止まるというオチが。
そして最大の課題であった「カメラ購入の言い訳」はカメラが見つからなかったためこの時は
せずに済みました。そのときまであと数年を要することになります(「そのとき歴史が動いた」のよう)。

「istな時代」って?

私が「*ist DS」を購入したのは2004年12月、単身赴任が始まった翌月です。それまで高額で手が出せなかったデジタル一眼レフでしたが、ペンタックスが比較的安価な「DS」を発売しました。ペンタックスを長年使用してきたためレンズ等の資産があり単純にそのまま乗り移りました。

それから約4年の年月が経ちました。
単身赴任の身軽さを活かし全国あちこちを巡りました。
この間撮影した写真を眺めてみると、既に過去帳入りした車両が多々あることに気付きました。
それらの車両を思い出しながらそのときの思いを綴っていこうと考えています。

街をつなぐ

大糸線根知駅に進入するキハ52。
民家のすぐ裏を通る姿は路面電車のようです。




沿線に住む方の交通手段は間違いなく車が主体でしょう。
それでも鉄道が担う役割があります。
これからもずっと・・・。



春風が吹いた!

今日は朝から落ち着かなかった・・・。
でも仕事に没頭すれば大丈夫。そしてそのうちに連絡がくる。

そんなことを思いながら出社しました。
今日は息子が第一志望で受験した大学の合否通知が届く日。

「ブルルル・・・」

10時23分。思ったより早く携帯が震えました。
表題は「無題」。ということは・・・!

「○○大学理工学部経営工学科に合格しました!」

妻からのメール。最後に「!」が付いている。その喜びを実感しました。

息子は本当に勉強が嫌いでした。
それでも強要をずっとしなかった。どんなに成績が悪くても。
妻はきっとイライラしていたと思うし、自分も本音は同じ。
高校受験は決して芳しい結果ではなかったし、それでも勉強はしなかった・・・。

自分が単身赴任で家に居ないからいけないのかと思ったこともあります。
でもやっぱりそうではない。どこかで自分で気付くはずだと思っていました。

去年の今頃、少し様子が変わった気がしました。
地元の小さな塾に自分の意思で通うようになり、授業が終わっても自習するようになっていました。
高校3年になり唯一得意だった「数学」の成績が伸び始め、受験を意識して始めた苦手科目の成績も
徐々に結果が付いてくるようになってきました。

そして今日その結果が「合格」だったということです。

子供を育てる中で「勉強させる」ということはどうしても付きまといます。
良い成績をとり、有名な学校に行き、安定した職業に就く。
決して皆がそうではないけれど、親の心の底にはそんな思いがあるように感じます。もちろん自分にも。

でも、それは親の思いです。
子供が迷っている時に、支えてあげたり受け止めてあげるのが親の役割。
子供が自身の人生を決めるための環境を整えてあげるのが私のできること。
自分の道を決めるのは子供自身です。
偶然ですが生きていれば今日が72回目の誕生日だった私の父親はそんな人でした。
越境入学までさせたのに、それよりも自分が行きたいと思った私立高校に行かせてくれました。
大学に推薦で行くには難しい商業科でしたし、経済的にはとても厳しかったはずです。
それでも「おまえが決心したことだから」と母親を説得してくれたことを思い出します。
今日がそんな親父の誕生日と一緒だったということが偶然ではないと思っていたい。
そう、そう勝手に思い込んでこの心地良さにしばし浸っていたい気持ちです。

さぁ、祝杯をあげよう。 「おめでとう!胴上げだぁ!」




でもこれからもまだまだ大変だよな・・・。

雪灯篭

私が訪問した2月の第二週の土日、米沢では「雪灯篭まつり」が催されていました。
米沢駅前にもいくつかありましたので撮影してみました。










メイン会場はまた別の場所だったようです。

どこか儚さを感じる雪燈篭、いつか妻にも見せてあげたいなと思いながら福島に向かいました。

暗闇を照らして・・・

米坂線の初日。最後は「日没後の流し撮り」に挑戦することにしました。


だれもいない踏切横の道路で待ちます。
通過5分前に一度練習。
「脇をしめてゆっくりカメラを水平に・・・」

あら?暗くて何も見えない・・・。
まぁ、失敗しても構わない、と思い待機します。

しばらくして踏切が鳴り始めます。

思ったより列車のスピードが速く感じる。
ん?でも近づくとそうでもない・・・。
少々焦りながらシャッターを押しました。




車内の様子を浮かび上がらせる光。
車外にもれ、雪を照らす光。
前方を照らす光。

三つの光の共演に感動しました。

米沢ラーメン 新潟(で食べた)ラーメン

今回は東京→福島:高速バス 初日睡眠時間4時間 二日目睡眠時間4時間 新潟→名古屋 新幹線乗り継ぎという強行軍だったので本当に最後はしんどくて死にそうでした。東京を発つ時点で風邪気味だったのがしんどさに拍車をかけた気がします。今もダメです。

撮影行の時の食事は「ラーメン」を食べる事が多いです。
今回は米沢ラーメンを食しました。あっさりしょうゆスープにちぢれ麺。
お店の名前は忘れましたが一日の仕上げにぴったりでした。




そして今回強烈に印象に残ったのがこれ。
新潟の「火山」というお店で食べたラーメン。
石焼ビビンバのような器に麺が入っています。
スープを注ぐと大沸騰!!!!!
野菜がたっぷり入っているのと、ご飯がついていて、麺を食べた後「おじや風」にして食べます。
これがなかなか美味しかったです。




スープを入れた直後の絵




その10秒後。麺が少し焦げました。

新潟空港で、ツボレフを待ちわびた後に食べたので本当に暖かく生気が戻りました。
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pikabui6473

Author:pikabui6473
日頃撮り貯めた写真で記事を書いていきます。

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