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鹿島鉄道・石岡駅にて

JRの改札内にある鹿島鉄道の石岡駅。事務所で署名すると構内での撮影を許可してくれます。昔は電車区や機関区では普通に許されたことでしたが、本当に久しぶりの出来事で嬉しくなりました。

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奈良線の103系

昨年撮ったものばかりです。一時期6連の快速運用についていました。
名阪国道で80kmも走るとこの場所へ着きます。関西圏の103系にも動きが出始めたようなので近々行ってみようと思います。

たまには客車を

どれも今は見ることができなくなってしまったものです。「ゆとり」は「サロンエクスプレス東京」ということでお許しください。50系客車は短命でしたね。登場時は今後筑豊や東北エリアはこの客車に席巻されてしまうのだと思っていました。「みずほ」は列車名そのものが随分前になくなりましたが、横のスカ線地上時代も随分昔の話になりました。

一つ目のDD13などを・・・

今ではDE10の独壇場ですが、私が高校生の頃はDD13がまだあちこちで活躍していました。それも一つ目の初期型が、です。写真は池袋駅と川口駅と甲府駅で撮影したものです。地味な存在だっただけに置き換えられたことにも気付きませんでした。

初当直!

今日は初めての当直。17:30にスタートしたからかれこれ6時間近く経った。当直といっても何かが起きない限り役割はあまりない。ほんのわずかな時間の受付だけ。あとは宿直室2Fでのんびり過ごす。単身寮との差は・・・ほとんどない。へーベルハウスで建設したこの宿直室は思った以上に快適だ。12畳くらいのフローリングの部屋にベッド、TV、ソファーとテーブル、机にこのパソコン。お風呂もあるしトイレもウォシュレット付、単身寮より装備は上だ。そうそう加湿器もある。

当直は転入者の場合、その日から1年が過ぎてローテーションに組み込まれる(以前は2年が過ぎてだったが)。私の場合、04年11月に異動してきたので05年12月からはその対象者だったわけである。

ただ、このように色々なことが始まるたび「いつ家族一緒の生活に戻れるのだろう?」と不安になる。今回子供が高校受験で不合格が続いた。せめて横に居たいと思う。子供や妻がどう思うかは別として普通の家庭はそれがあたりまえだから。何か心配ごとがあったら誰にどのように相談するのだろうとか・・・。

仕事内容が大きく変わり、自分のサラリーマン生活の転換期であるように感じる。でもその基盤は「家族」。それに変わりはない。

1994年の上海

今から10年以上前に出張でいった上海の街中です。きっとすっごく激変しているんだろうなぁ。
トロリーバスが何枚か写っていたのでそれを中心に・・・。

名松線の風景

昨年の冬初訪問した名松線。家城駅での交換風景やタブレットは懐かしかったですし、終点の伊勢奥津駅では古い町並みを見ることができました。昔のローカル線ってこんな雰囲気だったと思います。
今冬はここ三重県でも降雪量が多く、年末は雪景色の写真を撮影することができました(そのときの様子は12月23日の「予定変更・・・!!!」で報告しています)。伊勢奥津駅近くの造り酒屋で買った日本酒はほんとうに美味しかったですよ。今まで飲んだ日本酒の中で一番印象に残る味わいで、よく「フルーティー」という言葉を見聞きしますが、初めてそれを実感しました。この12月の訪問時は家城駅の駅員さんや列車の運転士の方とお話しする事もでき楽しいひと時でした。

デカ目の113系

ここ山崎でも「湘南色」を見ることがなくなってしまったようです。
今でこそ「デカ目」と呼んで貴重な扱いをしていますが、この趣味に足を踏み入れたときはまだまだ普通の存在だったはずで、もっと前からコツコツ撮影しておけばよかったと後悔します。東北・高崎の115系もデカ目がたくさん走っていたのを覚えています。うっ・・・残念無念。
部屋を暖かくして加湿器をつけてゆっくりしていたら熱が下がってきました。これからもう一休みして完全に風邪を治したいと思います。今週は元気だったら遠出できたのになぁ。

松戸の103系訓練車が廃車へ

だそうです。各地たくさんのファンが見送ったようですね(一部大騒ぎだったようですが)。鈴鹿ではいかんともしがたく残念ですが訓練車はまともに撮ることができずに終わりました。我孫子に留まっているところは何回も見たのですが・・・。この写真は最近出張時に品川駅で偶然発見したときに撮影したものです。
いよいよ常磐線も103系終焉が迫りました。残念です。

ハッキネン vs シューマッハ



ネガをあさっていたら出てきたF1の写真。ハッキネンがNO.1だから1999か2000年のものですね。私はハッキネンの大ファンでした。物静かな雰囲気と裏腹なアグレッシブな走り。93年、マクラーレンで走ったポルトガルGPは忘れられません。アンドレッティーがセカンドドライバーで走ったため出番がなく、しかしイタリアGPを最後にアンドレッティーがクビになりやっと出場できたこのGPで予選ではセナを上回り、決勝ではフェラーリのアレジと熱いバトル。そのときからハッキネンを応援し続けていました。
細かなハンドルワークや鈴鹿での1コーナーからS字への走りが忘れられません。

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pikabui6473

Author:pikabui6473
日頃撮り貯めた写真で記事を書いていきます。

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